やりすぎコージー都市伝説2012冬、関が語った都市伝説「徳川埋蔵金のありかの真実」
日本には、古くから多数の埋蔵金話が存在する。
天草四郎の財宝やM資金など。
その中でも、多くの人を魅了してやまない埋蔵金の都市伝説が、徳川埋蔵金である。
徳川家というのは、大政奉還が行われるまで、天下統一をしていた将軍家であり、となれば、当然大量の資産を保有していたのは想像に難くない。
では、その徳川家の埋蔵金はどこにあるのか。
なんと、その場所は既に判明しているというのだ。
そして、国もその場所を把握しているのだという。
一体、どこなのか。
と、その前に。
まず、埋蔵金には、隠し方に特徴があると言われている。
特定の場所一か所に埋蔵金を隠してしまうと、すぐにバレる恐れがあるので、一般的に、埋蔵金を隠す場合、三か所に分けるのだとか。
そして、その内の二か所はダミーとして、少しだけ埋蔵金を置き、残りの一か所に、埋蔵金を隠しておくのだ。
そのダミーの内一か所は、赤城山だと言われていて、実際に徳川埋蔵金の一部と思わしきものが発掘されたとして、一時期騒がれていた。
しかし、あくまでもそれはダミーであり実際は別の場所だというのだ。
では、そこはどこなのか。
そのヒントとなるのが、ある歌である。
日本では古来より伝わる歌というのがいくつか存在する。
その中の一つに、徳川埋蔵金の在りかを指し示すものがあるというのだ。
それが、「かごめかごめ」
聞いたことがないという人はいないであろうこの歌。
実は、この歌。
ただの童謡ではなく、徳川埋蔵金の隠し場所の在りかを示すために残した歌だと言われている。
では、その歌詞を改めて見てもらおう。
「かごめかごめ かごのなかのとりは
いついつでやる よあけのばんに
つるとかめとすべった うしろのしょうめんだーれ」
詳細は割愛するが、この歌詞が指し示していると言われているのが、日光東照宮。
そして、日光東照宮の近くには、徳川のお墓とほこらがある。
そこの下に徳川埋蔵金が埋まっているというのだ。
しかし。
この場所は、今の今まで掘り返されることはなかった。
なぜか。
国の所有地だからだ。
一般の人間が気軽に入り、発掘作業をして良い場所ではないのだ。
そして、この情報を知っていると言われている国だが、発掘作業をしようとはしない。
これに関してはいくつか憶測が飛んでいるのだが、その詳細は不明。
更に、この徳川埋蔵金を唯一知っていたとされる人物が、過去には存在したというのだが・・・
それに関しては、別記事で紹介しよう。
信じるか信じないかは、あなた次第です。
オウム真理教の無刻印金塊と金丸信
;強制捜査で教団の金庫から七億円の現金と共に十キロの金塊が見つかっている。その金塊は無刻印で金丸信事件と同質と思われている。出所は北朝鮮ではないかとの報道も流れた。実行部隊のトップ早川「建設大臣」は93年から頻繁に北朝鮮を訪れていた。
「北朝鮮の中央銀行はロンドンのゴールドマーケットに認められた刻印をもっている。可能性はないかと言われれば分からないが、無刻印のままでは流通性がなくなる。いずれにせよ正規の流通ルート以外から手に入れたものだろう」(田中貴金属工業)
「北朝鮮からと言うのは材料不足。話としては面白いが短絡的だ。しかし、市場流通性がない無刻印金塊を所持していたのが、ともに山梨に関係する金丸、オウムだったという点には、何らかの意味が有ろう。
山梨、とくに甲府は宝飾産業のメッカなので、工業用として入ってきた可能性もある」(アジア国際通信、神保隆見氏)
オウムは無刻印金塊を何処から手に入れ、何に使おうとしていたのか。
【参考『月刊現代・1995年七月号』88頁「オウム事件13の謎」より抜粋】