織田信成の飲酒事件は現代の本能寺の変!?織田信長と明智光秀の因縁|やりすぎコージー都市伝説

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本能寺

やりすぎコージー都市伝説、片岡正徳(オオカミ少年)が語った都市伝説。

歴史上最も有名な武将と言えば織田信長。

近年では若者も歴史上の人物に興味を持つようになり「歴女」なんていう言葉も耳にするようになった。

そしてそんな大人気の織田信長がこの世を去ったのが1582年6月21日(天正10年6月2日)。

そう「本能寺の変」である。

そして今、現代にこの本能寺の変が再び蘇ったという都市伝説があるのだ。

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本能寺の変というのは、備中高松城に包囲網を張っていた羽柴秀吉(=豊臣秀吉)に援軍を送っていた織田信長に対し、先発していた明智光秀が謀反を起こし、本能寺にいた信長を奇襲したクーデターのことである。

他にも、豊臣秀吉の陰謀説など数々の噂が絶えない事変だが、現在はこれが有力とされている。

この本能寺の変で自害した織田信長には子孫がいることは知っているだろう。

元アイススケーターの「織田信成」である。

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彼は正真正銘の織田信長の末裔である。

そしてこの織田信成こそが、現代に蘇る「本能寺の変」を引き起こしたと言われている。

 

時は遡ること2007年。

すでにアイススケーターとして活躍していた彼に悲劇が怒る。

それが、、、「道交法違反事件」すなわち飲酒運転である。

事件の詳細はこうだ。

某日、織田信成はアイススケート部顧問の学生センター長とお酒を飲みながら、今後の競技生活と学問の両立について相談していた。その後、自宅にミニバイクで帰宅する途中に飲酒検問でアルコールが検出され、摘発された。本人は「時間が経っていたので既に酒が抜けていたと思った・・・」と涙ながらに謝罪。予定していたカナダへの合宿も白紙になり、本人はショックで家に引きこもりがちになった。

なぜこんな話をしているのかと言うと、この事件こそがまさに現代に蘇る本能寺の変だからだ。

全くもって本能寺の変ぽくはないが、そんなことはない。

なんの因果か、この事件で織田信成を摘発した警察官の苗字が「明智」だったのだ。

この事件が織田信成に与えたストレスは計り知れない。

まさに武器を必要としない、蘇りし現代のクーデターそのものではないだろうか。

私は一体なにを言っているんだろうか??

この一件の後、何とか立ち直り表舞台に戻ってはきたが2013年現役を引退。

現在はコメンテーターとして活動している。

未だに何かとこの「飲酒雲底問題」が話題に上がり、これからも彼の黒歴史として語り継がれていくことだろう。

黒歴史と言えば、もう1人の織田こと「織田裕二」も話題にことをかかない。

最近、一般女性と結婚して話題になったのは記憶に新しいが、実はその結婚に変な噂がある。

それがこちら。

織田裕二の結婚は偽装結婚!?

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